EIS チュートリアル

1. イオン 2. 自由水 3. 成分と水 4. 等価回路 🔰 やさしい解説 ▶ シミュレーション

液体にごく弱い電気をかけると
液体の個性が数値で見える

体脂肪計が体に弱い電流を流して脂肪と筋肉を見分けるように、DigiTasteは液体にごく弱い電流を流し、その戻り方の違いから液体を識別します。ここでは、その物理的なしくみを4章で解説します。

01イオンの伝導電流 — 電荷が実際に移動する 02自由水の変位電流 — 回転がコンデンサになる 03溶けている成分と水の関わり — 液体の違いが生まれる理由 04等価回路 Rb||Cb — 2つの電流の道
Chapter 01

イオンの伝導電流

溶液に電場をかけると、カチオン(Na⁺, H⁺)は電場方向にアニオン(Cl⁻)は逆方向に移動します。この電荷の物理的な移動が伝導電流です。

導線の中の電子と本質的に同じで、イオンが一方の電極から他方へ向かって実際に泳ぎます。

+ E-field → Na⁺ H⁺ Cl⁻ Cl⁻
カチオン(青)は電場方向に、アニオン(赤)は逆方向にドリフト

周波数による違い

1 kHz(低周波)

電場の反転が遅い → イオンが電極間の大部分を横断。周囲の成分や水和構造の影響を受けながら移動する。

10 kHz(中周波)

反転が10倍速い → 移動距離は1/10以下に。その場で小刻みに振動。

100 kHz(高周波)

反転が100倍速い → イオンはほぼ静止。移動距離は微小。

イオン濃度とインピーダンス

イオンが多い液体(醤油: NaCl ~16%)は電荷担体が大量 → Rb が低い(~15 Ω)。

イオンが少ない液体(水道水: ミネラル微量)は電荷担体が不足 → Rb が高い(~2200 Ω)。

ポイント

イオンの伝導電流は抵抗 Rb を流れる電流に対応。イオン数↑ → Rb↓。

伝導電流は電圧と同位相(位相遅れゼロ)。これが「低周波で φ ≈ 0°」の理由。

Chapter 02

自由水の変位電流

水分子(H₂O)は永久双極子を持ちます。酸素側が負、水素側が正に帯電し、外部電場に応じて配向(回転)します。

この配向の特性周波数(Debye緩和)は~17 GHz と極めて高く、EISの1 kHz〜300 kHzでは常に完全追従します。

O H H 双極子モーメント = Cb バルク容量
水分子の双極子配向 = 誘電分極 = バルク容量 Cb

変位電流とは何か

電流には2種類あります。

伝導電流 — イオンや電子が物理的に移動する。導線やイオン溶液の電流。

変位電流 — 電荷は移動しないが、分極の時間変化そのものが電流として機能する。マクスウェルが電磁気学の整合性のために導入した概念です。

コンデンサの極板間は絶縁体で電荷は通れません。しかし回路全体では電流が途切れなく流れます。これは極板間の電場の時間変化(= 分極変化)が変位電流として機能するからです。

水分子が配向を変えるとき、巨視的には分極 P が時間変化します。この dP/dt が変位電流密度。水分子自体は電極間を移動していない — その場で向きを変えているだけ。でもそれが外部回路から見ると電流として観測されます。

コンデンサの位相特性

コンデンサでは I = C × dV/dt

電圧が sin(ωt) なら電流は cos(ωt) = sin(ωt + 90°)。電流が電圧より90°先行します。

これは水分子が遅いからではなく、「蓄える」という行為そのものの数学的性質です。

電圧がゼロを横切る瞬間(変化率が最大)に電流が最大。電圧がピーク(変化率ゼロ)に電流がゼロ。

なぜEIS帯域では水の応答遅れが見えないのか

水のDebye緩和は ~17 GHz。EIS測定の100 kHzはその17万分の1の遅さです。水分子は余裕で追従できるため、EIS帯域では水分子の慣性(質量)は位相遅れの原因ではありません

1 kHz〜300 kHz

水は完全追従。位相遅れはR||C回路のトポロジーが原因。

1 GHz〜100 GHz

水分子の慣性が効く。ここで初めて「質量があるから遅れる」が見える。電子レンジ(2.45GHz)はこの帯域。

テラヘルツ以上

水分子は追従不能。配向分極が消失。

Chapter 03

溶けている成分と水の関わり

液体ごとの電気的な応答の違いは、溶けている成分が水とどう関わるかに強く表れます。酸も糖もタンニンも、水と関わりながら液体の応答を変えますが、その効き方の重みが異なります。

成分が液体の応答を変える2つの経路

① イオン経路の立体的妨害 → Rb↑

大型分子はイオンのドリフト経路を物理的にブロックします。イオンは迂回を強いられ、実効的な抵抗が上がります。

② 結合水の形成 → Cb↓

大型分子の表面にある極性基は、周囲の水分子を水素結合で拘束します。この「結合水」は電場が変わっても配向できません。結合水が増えると自由水が減り、誘電率が下がり、Cbが低下します。

グルコース δ− ──→ δ+ 影響圏(水和殻) 自由水(配向可) 結合水(配向固定) Na⁺ 迂回経路
大型分子が水分子を拘束(結合水)し、イオンの移動を妨害する

結合水の協同的ネットワーク

結合水の配向が固定される原因は、溶質表面の水素結合だけではありません。結合水同士の水素結合と外側の自由水との界面での水素結合が協同的に釣り合い、一つの安定した拘束構造を形成しています。

単独の水素結合は簡単に切れますが、ネットワーク全体としては安定 — 外部電場程度では配向が崩れません。

液体による違い

液体主な溶質結合水効果
醤油メラノイジン、アミノ酸多いRb↑(経路妨害)、Cb↓
赤ワインタンニン、ポリフェノールやや多いコロイド的不均一さ
みりんグルコース、マルトース非常に多いRb↑↑、Cb↓↓
穀物酢酢酸二量体(小型)少ない影響小さい
水道水(なし)なしRb高(イオン不足のみ)、Cb最大

成分が変わるとスペクトルが変わる

同じpH・同じBrixでも、溶解成分の種類・解離状態・水和構造が異なれば結合水の量やイオン移動度が変わり、RbとCbの組み合わせが変わります。

このRb × Cb のパターン差が液体の電気的な個性になります。

Chapter 04

等価回路 Rb || Cb

4電極法EISでは電極界面が除去され、バルク溶液そのものの応答だけが見えます。これは抵抗 Rb とコンデンサ Cb の並列回路でモデル化できます。

Rb 伝導電流(イオン) Cb 変位電流(水の配向) Z
バルク溶液の等価回路: Rb(イオン伝導)‖ Cb(水の誘電分極)

2つの電流の「道」

粒が移動する道(Rb・抵抗) — イオンがドリフトする伝導電流。電圧と同位相

水が向きを変える道(Cb・コンデンサ) — 水分子の配向変化による変位電流。電流が電圧より90°先行

合計電流はこの2つのベクトル和。どちらが支配的かは周波数と Rb/Cb の値で決まります。

インピーダンスの数式

Ztotal = Rb / (1 + jω · Rb · Cb)

低周波(ω小):1/(ωCb) ≫ Rb → 電流はほぼ全て Rb を通る → 純抵抗 → |Z| ≈ Rb、φ ≈ 0°

高周波(ω大):1/(ωCb) ≪ Rb → 電流が Cb 経由でも流れる → 容量性 → |Z|↓、φ が負に

転換周波数 fc

RbとCb経由の電流が等しくなる周波数です。ここでインピーダンスの性質が「抵抗的」から「容量的」に転換します。

fc = 1 / (2π · Rb · Cb)
液体RbCbfc意味
醤油15 Ω320 pF~33 MHz測定範囲外 → φ は常に≈0°
穀物酢250 Ω750 pF~850 kHz上端付近 → わずかな位相変化
赤ワイン210 Ω500 pF~1.5 MHz上端付近 → わずかな位相変化
みりん1600 Ω250 pF~400 kHz測定範囲内 → 明確な位相変化
水道水2200 Ω900 pF~80 kHz範囲の中央 → 大きな位相変化

Bode線図で液体を比較する

実際に醤油と水道水のBode線図を並べると、違いは一目瞭然です。

Bode線図(醤油 vs 水道水 |Z| [Ω] 2000 500 15 水道水 Rb=2200Ω 醤油 Rb=15Ω φ [°] -20° -40° -60° -80° 水道水 fc=80kHz 醤油 fc=33MHz(範囲外) 1kHz 10kHz 100kHz 周波数 → 醤油:Rb=15Ωで低く平坦 → 電流が流れやすい 水道水:Rb=2200Ωで高い → 高周波でCb経由電流が増え|Z|低下 醤油:fc=33MHz(範囲外)→ φ≈0°で一定 水道水:fc=80kHz(範囲中央)→ 位相が大きく負に変化 Rb × Cb の組み合わせが fc を決め、線図の形を決め、液体の個性になる

なぜ同じ物理でスペクトルが違うのか

すべての液体で「イオンの伝導 + 水の誘電分極」という同じ物理が起きています。

違いはRb(イオン量 × 溶質による妨害)と Cb(自由水量 × 結合水減少)の組み合わせだけ。

この組み合わせが fc を決め、Bode線図の形を決め、液体の電気的な個性になります。

実際にはR||Cが複数重なっている

ここまで1組のRb||Cbで説明しましたが、赤ワインのような複雑な液体を詳しく測ると、複数のR||Cペアが重なっていることがわかります。左が実測データ、右がその分解図です:

実測(赤ワイン, 4電極) 0 -10 -20 -30 -50 220 230 240 1kHz 4kHz 10kHz 300kHz ZRe [Ω] -ZIm [Ω] ほぼ垂直に見えるが… 分解 すると 分解図(各RCの弧を引き伸ばし誇張) R1||C1 R2||C2 R3||C3 1kHz 4kHz 10kHz 300k ZRe [Ω]

これはポリフェノール周辺の結合水、有機酸周辺の結合水、自由水——それぞれが異なる緩和時間(τ = R×C)を持つことを意味します。この複数の緩和時間の重なりこそが、ワインと他の液体を区別する本当の「個性」です。

DigiTasteの4電極EISセンサーは、この個性を10秒で計測し、機械学習で液体を識別します。

実際に触って確かめよう

イオンや水分子が動くシミュレーションで、醤油・ワイン・水道水の違いを体験できます

▶ シミュレーションで遊ぶ 🔰 やさしい解説を読む